働く、ということについてこれまで幾度かお話ししてきました。今回は、「働く」というテーマを少し掘り下げてお伝えしようと思います。

働く目的とはなんなのか?それは、パナソニック創始者の松下幸之助さんや、KDDI創始者の稲盛和夫さんなど、世界に名だたる経営者の著書によれば、「世のため人のため」を為すための手段である、と指南されています。

私も、なるほど、と痛感しました。世界とはつながっているもので、人が働くことによって世界、経済は回っている。その世界の巡りの恩恵を授かって私達は生活しているわけであり、個人も社会の一員として働くことで、社会にフィードバック(恩返し)として貢献する。

尚、ジャーナリストの池上彰さんの著書によれば、私達がお店などでお金を支払う時は、社会への「ありがとう」の意味が込められ、その対価に見合う額が支払われる、そうして社会は回っている、と解説されています。

つまり、私達個人が働くことにより、社会は機能し、また、個人も金銭という労働の対価を得、また「ありがとう」の意を込めてお店など社会へ金銭を支払う。

働いていると、市民税などを払うわけですが、それも個人が街などの施設環境設備を利用していることへの対価でもあり、つまりは「ありがとう代」であり、そうして社会は持ちつ持たれつで成り立っている。

最近は、「貢献」という言葉をよく耳にします。「社会貢献、地域貢献」を生きる目的、働く目的とする若者も増えているようです。それらは、「世のため人のため」とほぼ同義なのでしょう。

ところで、禅宗の禅問答のひとつに、「世法と仏法」という題目があります。仏法は世俗と密接につながっていることを諭したものであり、その問答の中では、農業の春夏秋冬と仏道の発心(ほっしん)から仏果成就までの関係性を説いています。作物に水を与えるは慈悲の水なり、といった具合いに。

私個人の見解では、仕事は修行としての意味合いが強いです。ただ、修行とはなんぞやとなると、「修行とは自己を深めて他を満たす行い」だとすれば、仕事=修行=自己錬磨と社会貢献の場、と言えましょう。

勿論、働く動機は人それぞれであって良いと思います。

ただ、社会、地域の為に何事かを為して去ってゆく、それがヒトらしい生き方であり、そのひとつの手段として働くことが挙げられるのならば、やはり、働くことは素晴らしいことなのでしょう。

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