人は、生きる上で手本となる存在がいれば心強いものです。身近にそういう人がいればそれは幸いなことです。
以前、心話、心友として心の中で会話をする存在をもつとよい、とこの風の人においてもお話ししました。心友とはそのまま自己の内仏であり、それは平たく言えばあなた自身を「応援」している存在と言えます。
前述のように手本となる人が身近にいることが望ましいことではありますが、自身の中にも手本となる人が存在するのであるし、それを仮に自身が歳を経たとしての存在、高齢なる「老師」として見出だそう、というのが今回のお話の主旨です。
その老師の年齢は本人の年齢にもよりますが、90歳ほどを見るとよいのでは、と思います。もちろん、本人の年齢も加味するとよいでしょう。
そして、その老師の視点に立ってみて、自身の暮らしぶりを見てどう思うか、直感的な感想でもよいし意見でも助言でもよく、何かしらメッセージを受け取れればよいと思います。
また、その視点に立って初めて見える視界もありましょうし、今の現状は未来においてどう捉えられるであろうか、とか、過去に起きた出来事は未来においてどう評価されるか、活かされるか、など様々な視点を与えてくれるでしょう。
なにより、他でもないあなた自身の未来からの助言者、応援者であるが故に、あなたを裏切ることもない存在です。
大事なことなので改めて記しますが、現在の状況や過去の出来事は、遠い未来から見ることで見え方が変わります。これは何事においてもですが、物事は視点を変えることで見え方が変わります。
その多様で多角的な視座を得るためのひとつの指標として、「老師からの視座」は日々の暮らしにおいてあなたの支えとなるはずです。
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